63rd birthday

昨日19日は63歳の誕生日だった。

いつの間にこんなに生きたのだろ?苦笑

 

こちらへ越してきて2度目の誕生日だが、昨年は引越荷物もまだ完全に片付いておらず、余裕がなかったので超こぢんまりと済ませた記憶が・・・

や、今年も毎週日曜日は午後から姫響の練習が入るのでこぢんまりには変わりはないが、夫が手作りでケーキを作ってくれたり、お寿司を取ったりしてくれた。


f:id:miharu-chan:20200120133827j:image

 

年が明けてからあまり体調が優れない母も昨夜は珍しくご機嫌だった。

母とは21歳違い。3月で誕生日を迎える母と63歳と83歳の2ショットだ。


f:id:miharu-chan:20200120133840j:image

 

娘からは当初「ビューティチケットはどう?」と打診があったのだが、神戸まではちとばかり遠い。

私が家を空けると母は寂しがり、夫にも負担がかかるのでクリスマスローズの鉢植えをリクエストした。


f:id:miharu-chan:20200120133859j:image

毎週のオケ練習と年数回の本番で家を空けるのであまり負担をかけては・・・というのもあるが、私は植物が好きなので鉢植えならば育てる楽しみがあるではないか。

「そうそう、このクリスマスローズは63歳のときの・・・」と記憶をたどれるのもいいものだ。

 

60代はそろそろ老境だけれど、いくつになっても誕生日はいいものだ。

一緒に祝ってくれる人がいればこそだけれど。

 

 

グレイヘアについての考察

1月も明けてはや15日。

一昔前まではこの日が成人式だったなあ・・・。

などと古い私は思い起こす。

 

一昨年こちらへ越して来たのを機に髪を染めるのをやめてみた。

それまではいろいろと髪色で遊んでみたりしていたのだが、頭皮が弱いので必ず美容院で染めなければならなかった。

一昨年の夏ごろにヘアダイでグレイにするために、髪を脱色したので染料が落ちればド金髪である。


f:id:miharu-chan:20200115120805j:image

 

金髪そのものは派手派手ではあるが、茶や黒と白髪との対比よりもかかなり緩和されるので、もしかしたら良い機会かも?と考えた。

自分の髪がどの程度白髪になっているのかとの興味もある。

イヤならいつでも染めればよいのだ~とお気楽に試みて みることにしたのだ。


f:id:miharu-chan:20200115121008j:image

昨年2月 金髪に白少々

 


f:id:miharu-chan:20200115121147j:image

昨年9月 金髪が減って白たくさん(^_^;)

 


f:id:miharu-chan:20200115121300j:image

昨年12月 かなりのグレー

 

その経過と良いところ、悪いところなどをメモっておこう。

まず良いところ

①「あ~、白髪出てきた!染めなきゃ~」というストレスがない。

②ヘアダイ料金がかからない。

この2点が最大の利点だ。

 

悪いところ

①男性ウケは極めてよろしくない。(笑)

 実はうちの旦那さんも普通に染めて欲しい派なのだが、「私は自宅染めできないからお金かからないよ~」で納得してもらっている。

②子供から見るとおばあさんにしか見えない。

 自分が子供の頃を思い起こせば、まだ40代の伯母たちがすごくおばあさんに見えたのだから、頭が白ければ即おばあさんなのは致し方ないのだ。

③ノーメイク=おばあさん

 きちんとメイクしないとマジおばあさんになる。

④ヘアダイ料金はかからないが、とりトリートメントはきちんとしないと、白髪は乾燥気味なのでモサモサ=おばあさん

 

てな具合で、あれ?悪いところのほうが多い?

とは言っても、悪いところってすべて下手をすると「おばあさん」の一点に集約されるのだ。

私はどちらかと言うと童顔ではあるが、歳相応に見られるよりも年長に見られることが多い。

つまりは若く見られたい場合にはおススメできないが、そうでなければストレスフリーだとは言える。

 

近年グレイヘアが流行りのようだが、自分の老いを受け入れてそれを魅力にできるかどうかは難しい。

私自身は当面染める気はないけれど、ノーメイクで鏡を見たときにギョッとすることがなきにしもあらず。(笑)

朗読ボランティア初定例会

一昨年11月に越してきていの一番に姫路交響楽団へ入団した。

結婚・引越しと生活はガラリと変わった中で、それまで自分の核となっていたものをひとつでも早くなじませたかったのだ。

 

昨年春からは隣町で開催された「要約筆記ボランティア講座」なるものを受講した。

聴覚障害と聞けばすぐに手話が思い起こされるが、中途失聴した人にとって手話をマスターすることはそう容易なことではない。

要約筆記とは手話の代わりに、話し言葉を書き言葉にして伝達する手段だ。

私が受講したのはパソコンによる入力ではなく手書きの講座だが、一分間の話し言葉が約350文字、書き言葉はその1/5の約70文字と言われる。

当然、そのまま書いては追いつかないので適切に要約せねばならない。

聞く、要約する、書くという行為を瞬時に同時に行うというのはこれまた容易ではないのだが、頭の錆びを落として活性化させるにはなかなかのトレーニングだったように思う。

数回の講座を修了して一応その団体に所属はしたものの、要約筆記そのものの需要は年々減少しているようだ。

そもそも話し言葉を正確に同時に書き言葉に置き換えるということころにかなりの無理がある。

年号、地名、聞きなれない専門用語などハードルは高い。

近年ではスマホのアプリでも話し言葉を即時に書き言葉に変換するものも登場している。

実際、このグループでの活動も年に3回ほどしかないようだが、とても真面目なグループで月に1,2回の勉強会は続いている。

一時はこのまま籍だけ置いて・・・と思っていたのだが、主宰のかたがとても良い人なので、今年からは月一程度の勉強会には参加してみようかと思っている。

 

昨年夏からは昔から興味があった朗読のボランティアグループが地元にあると知って参加するようになった。

 

ボランティアがしたくてしてくて、、、、という殊勝な気持ちばかりではない。

本当はそれよりも先に日本画を習いに行きたいのだが(苦笑)、自分事ではなくボランティアならば月一、二回でも大手を振って外に出られるし、ある程度の知己もできるだろう。

朗読ボランティアとは言っても、ほとんど朗読らしきことはしていない。

活動は老人施設での紙芝居。保育園幼稚園での紙芝居や絵本の読み聞かせであるが、

お年寄りにせよ、子供たちにせよ、楽しい時間を過ごしてくれるのはうれしいものである。

横浜時代は音楽でいろいろな訪問ボランティアをしていたが、今自分ができる形で無理なくがモットーだ。

 

昨日8日は若菜会(朗読ボラの名称)の初定例会だった。

当月の分担を決めたら、あとはお茶会である。

私とあとお一方を除き皆さん古くからの地元のかたばかりなので、冠婚葬祭を含め地域の情報にはこと欠かない。

意味不明な会話も少なくないが、月に一度こうした時間も悪くはない。

 

今月は家から車で5分ほどの老人施設で「かさじぞう」をやろうと思う。

 


f:id:miharu-chan:20200109131939j:image

 

2020年 ブログ再開


f:id:miharu-chan:20200103113722j:image

 

2018年にはじめたこのブログだが、昨年は丸一年手をつけることもなく放置してしまった。

田舎暮らしを機にはじめたはずが、まるで違った生活のリズムに余裕がなかったのかもしれない。

一年を暮らしてみて生活のペースにも慣れたところで少しずつではあるが再開してみようと思う。

しかし、やり方までほぼ忘れてしまったが、そのうちに思い出すかも?笑

 

2020年元旦は体調を崩して数年ぶりの寝正月となった。

年末から歯の具合が悪く鎮痛剤でしのいでいたのだが、加えて風邪気味だったのがよろしくなかったようだ。

元旦は何もしない!と決めていたので寝正月でも困らないと言いたいところだが、介護をしていると私は困らなくても、要介護者の母は可哀想なことになる。

晦日から3日までは日に2回来るヘルパーさんも休みなので、私が元気でいることが必須なのだが・・・・

 

幸い2日には70%くらいは復活して、近所の大歳神社へ初詣にも行った。

昨年もこの神社へお参りしたのだが、今年も誰一人としていない貸し切り状態。

江戸時代の福本藩池田家のゆかりの神社ということで、歴史はあるものの初詣向き(?)の神社とは言えないようだ。

境内に絵馬が10個くらい並べられていて、200円で絵馬を奉納する。

そのお金も特段入れるものもなく、絵馬が並んでいる台にホイッと入れておけばよろし。

なんとも長閑というか・・・・

だが、私は都会の押し合い圧し合いの初詣よりもこちらの閑散としたお参りがホッとするのだ。


f:id:miharu-chan:20200103113754j:image

 古い神社であるが、地元の人々が定期的に掃除をして大切に保存されている。


f:id:miharu-chan:20200103113824j:image

夫と老犬ルーチェ。


f:id:miharu-chan:20200103113852j:image

 家族の健康と世界平和って規模が違うことを書いて奉納。。。笑

この2か月・・・その①定期演奏会から挙式まで

最後のブログから2か月以上が経過してしまった💦

ときどき見てくれていた友人から「やめちゃったの?」「ブログに入れないんだけど?」などの質問が・・・

いえいえ、やめてはいないのですが、あまりにも忙しかったのです。

ブログが見られない云々については、あまりにも放置していたために一時的にそうなっているのか私もよくわからないのですが~。

 

10月5日にプルミエの最後の演奏会があることはこのブログにも書いていたっけ。

お友だちもたくさん応援に来てくれて、横浜での音楽活動は本当に充実していました。

ありがとうございましたm(__)m

 

f:id:miharu-chan:20181204195949j:plain

 

定演後は11月14日の引越しに向けてとにもかくにも荷造りと不用品の処分!

断捨離のよい機会と思ったけれど、そんなに甘くはありませぬ。

マジに大変でした。

自治会の人の協力もあってどうにか間に合った感じです。

 

引越し前の10月31日には沖縄で挙式もしました。

母を施設に預けての旅行兼挙式だったので、29日の夕方便✈で出発。

帰宅は2日の午前2時近くというタイトなスケジュールではありましたが、人生の区切りとしてよい記念になりました。

f:id:miharu-chan:20181204204245j:plain

f:id:miharu-chan:20181204204241j:plain

 はい。

還暦過ぎのウェディング姿っていうのもなかなか恥ずかしいものではありますが、見て下さるのは友人と数少ない読者さんなので特別公開です('◇')ゞ笑

 

 

中高年、、いやシニアの遠近両用コンタクトレンズ

台風一過でやれやれと思っていたら、またまた25号が発生しているようですね!

また週末は荒天?

とりあえず、今日は貴重な秋晴れ。

洗濯をすませてブログの更新です。

 

私は今年で61歳になりましたが、自分では漠然と「中高年」だと思っていました。

高年齢者雇用安定法によれば中高年齢者は45歳以上65歳未満。

「やっぱり、中高年でいいんだわん♪」と安心したのもつかの間、次の記述が。

中高年齢者の中でもとくに、55歳以上65歳未満の人は高年齢者として区別されている。

自分がどう考えるかは別にして、世間一般には

中年=40代後半

中高年=50代

シニア=60代

という感じなのでしょうかね?

就活市場になると、この括りはもっとシビアになるようですが。

 

私の周りを見渡してみると、シニアと言われる年代であってもやたらと若い人が多いのです。

10歳年上の従兄にしても、〇歳年上の美恵ちゃんにしても、チェロのY先生にしても。

みんな元気いっぱい!

世間の括りがどうあろうとも、心の若さって大切なんだなあと感じます。

 

とはいうものの、、、

肉体的には徐々にあちこちに問題が生じてくるお年頃でもあります。

高血圧になったり、脂肪がつき過ぎたりと💦

 

私の問題のひとつは「老眼」です。

子供の頃から視力はとてもよく、2.0とか悪くても1.5でした。

こういう人は老眼が早いと言われますが、私も40代のはじめから老眼がはじまりました。

進行も早いほうで、現在+3.0位でしょうか。

普段は活字や楽譜を見るとき、絵を描くときなどは眼鏡使用です。

 

チェロの演奏会でも5年ほど前までは眼鏡でした。

しかし、ドレスに眼鏡って・・・・あまり似合いません。

f:id:miharu-chan:20181002112444j:plain

や、似合って素敵な人もいらっしゃるでしょうが、私の場合丸っこい顔に眼鏡っていう時点ですでに似合わないのでした💦 

 

そこで遠近両用コンタクトの一日使い捨てタイプを試してみることに。

これはなかなかでした。

驚いたのは、化粧。

当然ですが、老眼鏡かけて化粧はしないので今までどんだけ見えてなかったのか。

まつ毛の一本、一本までよく見えます!

見え過ぎて自分の顔が怖いという感もありますが~~(笑)

 

f:id:miharu-chan:20181002112446j:plain

やはり眼鏡じゃないほうがスッキリした雰囲気になりました。

お隣のMさんは眼鏡がお似合いなのでOK(^^)v

 

私は目が弱く、いまどきのよくできたコンタクトでもやはり異物感はあるので、イベントのときだけにしか使いませんが、シニア生活をフォローしてくれるよいものがどんどん開発されるのはうれしいことです。

 

昨日届いたアキュビューは5日の定期演奏会で使います。

が、引越ししたら、演奏会はあるのかな???

まあ、じっくり探してみます。

せっかく買ったのだから、ちゃんと使わないとですね(^^)v

f:id:miharu-chan:20181002112442j:plain

 

 PS. 離煙4日目 今のところ順調です。

 

 

 

 

 

 

わが家は「明るい介護生活!」

生暖かい南風が強まってきた横浜です。

まだこちらはたいしたことはありませんが、皆さまのところはいかがでしょうか。

各地の被害が少ないことを祈るばかりです。

 

つたないブログをはじめて12日。

雑記のようなとりとめのないブログを読んでいただけるとはうれしいです。

ありがとうございますm(__)m

 

今日は母について、少し書きます。

 

母は昭和11年生まれ、今年で82歳になります。

生まれたときから息をしていなかった赤ん坊だったそうで、

体育の時間はいつも見学してる子がクラスに一人くらいいますが、母はそんな子供でした。

兄二人、弟一人の一人娘でそれなりに大切に育てらましたが、小学校4年生のときに広島で被爆しました。

疎開していた二人の兄を除いて、祖父・祖母、母、叔父(母の弟)はみな被爆し、祖父はそのときに亡くなりました。

 

母は18歳で父と出会い、21歳で私を生みました。

f:id:miharu-chan:20180930233534j:plain

父というのがこれまた…また、別に書きますが、なかなか困った人でしたので、

母は苦労して私を育ててくれました。

「どんな亭主でも我慢して、家族のために生きる」という、すでに絶滅した化石みたいな生き方の母でした。

母娘というのは似ないものです。苦笑

 

私が小学校2年生くらいから母は兼業主婦として仕事もしていましたが、40代で発病しました。

当初2,3年ははっきりと病名がわからず、あちこちの病院で診断を仰ぎましたが、結果はリウマチでした。

手遅れにしたのか、体質的なものか、母のリウマチはどんどん進行し、

人工膝関節を入れ、頸椎の手術も2回受けるなど、その半生は病気とともにありました。

 

11年前に父が亡くなる前頃からは寝たり起きたりの生活になり、父が亡くなってからは自力では起き上がることができず、すべてのことに介助が必要な状態になりました。

 

半分が病気の人生。

それでも母は決していじけたり、わがまま放題になったりということがなく、老いるにつれて子供のように可愛らしくなってくるのでした。

たまに「生きてるだけでシンドイ」と言うこともありますが、私は1日でも長く母に生きていて欲しいのです。

 

何も言わない母ではありますが、

「人はどんな人生でも与えられた命を生きなければならない。」と身をもって教えてくれているような気がします。

 

介護というとあまり明るいイメージはないですが、少なくとも我が家では「明るい介護生活」です。

介護できるのも、母がいればこそですから。

f:id:miharu-chan:20180930233532j:plain

友だちと組んだチェロトリオ “ みっちぇろ ”で、昨年母の誕生日に

ミニコンサートをしたときの写真です。

 

PS. 離煙2日目は無事に通り過ぎようとしています(^^)v