30年ひと昔?
10年ひと昔ってのは聞くけど、30年ならさん昔になるのかな?笑
昨年末、私としては寝耳に水というのか、想像もしなかった娘の離婚話が持ち上がった。
娘は17歳でスリランカ人と結婚し、18歳には長女が産まれた。
親から見ても、かなり惚れ込んでいるようだったし実際そうだったのだろう。
少しはなれて、次女にも恵まれ、貧しいながらもうまくやりくりして頑張っていたように思う。
私は母の介護もあり、夫婦のことには一切口出しすることは控えていた。
そのうちに将来はスリランカへ移住すると言い出したので、そこでまた一層距離を置くようになった。
娘に老後の面倒を見てもらおうなどとは思ったこともないけれど、たった一人の娘である。
せめてたまには会える。
それくらいの楽しみは罪ではないだろうに。
娘の決断には落胆したし、子供なんてマジつまらん!と心の中で憤った。
私が60過ぎて再婚し、神奈川を遠く離れたのも、近い将来スリランカへ行く娘に後顧の憂いを残さないようにしておこうと考えたからだ。
しかし、人生何が起こるか本当にわからない。
その娘が亭主に愛想を尽かして離婚したいと言い出したのだ。
詳しいことは会ったときに話すということで、電話やメールでおおまかな理由しかわからないが、どうやら亭主が王様らしいのは察しがついた。
ひとつにはお国柄もあるだろうし、13歳の年の差もある。
すべて自分の思うまま、自分の掌の中で生かそうとする亭主。
17,8の子供だった娘にはファザコン気味なところもあって、それが十分頼もしくも思えたのだろうが、だんだん大人になるにつれ、自分の意見、生き方、交友関係などなどことごとく否定され、干渉されることに我慢の限界に達したのだろう。
当然亭主側にも言い分もあり、簡単には離婚に応じる様子はなく、ややDV気味な気配もあって、穏やかに話ができる状況ではない。
幸いにも、数年前から娘と父親との縁が復活しており、私と離婚してから独身を通している父親とは家族ぐるみで頻繁に会っているので、今回はその父親が動いてくれた。
年末も押し迫った28日に、弁護士・警察官立ち会いのもとで、娘と孫二人を連れ出し、以降は弁護士を通しての話合いのみというかたちに。
離婚しておいて言うのも何だが、こういうときに父親がいるといないでは雲泥の差だとつくづく思う。
娘の決着はまだまだこれからだが、そんなこんなで年末に30年ぶりに別れた元夫と電話で話した。
私たちも別れるときには親権をめぐって泥試合となり、家裁までもつれこんだので、当時はもう二度と顔も見たくないと思った相手である。
だが、年月というのは不思議なものだ。
30年ぶりの元夫の声、話し方は当時と全く変わっておらず、自分でもビックリの懐かしい思いにとらわれた。
同じ子の親としての妙な連帯感がそこにはあった。
ひとつ苦い思い出が消えていくようで、長く生きるのも悪くないと思えたのだ。
今、娘たちは父親の実家に居候しているが、実家には90歳を超す老親二人がご健在である。
たまに会うぶんには孫、ひ孫は可愛いが、毎日となるとシンド過ぎるのは目に見える。
それは娘も父親も十分承知で、近所にアパートを借りて独立すべく動いている。
離れている私には何もできないが、今回一肌も二肌も脱いでくれた元夫に感謝の気持ちでカシミアのマフラーを編んだ。
完成間近になって「もしかして、これってありがた迷惑?」とふと思い立ち、娘に聞いてみたけど、「パパは独身だし、もう30年も昔のことは気にしてないからいいんじゃない。」との返事だったので、今日ゆうパックで送っておいた。
しかし、宅急便にしろゆうパックにしろ、兵庫県から神奈川県まで翌日には届いちゃうのだからスゴイよね。
車で横浜から引っ越して来たときは半日走り詰めでエラく遠かったけどなあ。。。笑